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名もなき人々を蘇らせる”えいが米国昔ばなし”~『NOPE/ノープ』IMAX上映版

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※ネタばれあります

NOPEの意味

NOPEはNOをかなりカジュアルにした言い回し。軽めなニュアンスの時と、「ないわー」「無理」「ありえない」というような強めのスラングとして使う。反対語はYep。

今回は「無理げー」な敵そのもの、もしくはそれに対峙した時の「ヤバい」と感じた時のことをNOPEと表現している。

あらすじ

黒人青年OJ(ダニエル・カルーヤ)は、映画やドラマに出演する馬の飼育・調教をするヘイウッド牧場を父親と経営している。ある日、飛行機からの落下物に当たり、父親が急死。OJは跡を継ぐが、生来の人見知りな性格のためか、ベテランの父親のようにうまくはいかない。

そんな時、父が亡くなった時に聞いた奇妙な音と飛行物を再度目撃したOJ。UFO映像で一攫千金を狙おうと言う社交的な妹・エメラルド(キキ・パーマー)。兄妹は、家電屋店員のエンジェル(ブランドン・ペレア)とともに映像撮影へと挑む。

一方、同じ土地で映画体験施設ジュピター・パークを経営する元人気子役のジュープ(スティーブン・ユァン)もまた、別の方法で飛行物体へアプローチしようとしていた。

 

IMAXシアターで見るべき作品

ゲット・アウト』『Us/アス』に続くジョーダン・ピールの新作。

前二作と共通してホラーであるが、よりSF的である。比喩、暗喩、メタファー表現が多く、『ゲット・アウト』では人種差別、『Us/アス』では格差社会を描いている。綿密な構成で、伏線も相変わらずしっかりだが、社会批判をぎっちり詰め込んだメッセージ性の濃い前二作に比べ、今回は「あそび」の部分を意識した余裕のあるつくりになっており比較的とっつきやすい。

その理由のおおもとはIMAX撮影によるところが大きい。画面に広がる広大な景色。空、雲、山、広がる大地、駆け抜ける馬。そして空に現れる「めちゃやばいやつ」。物語の力だけでなく、映画の映像の力を信じた監督の思いが感じられる。

映画が大事なモチーフとなっているので、映像技術の進化としての映画の歴史をひもとく作品としても見逃せない。撮影監督は『TENET/テネット』のホイテ・ヴァン・ホイテマ。デジタルでなく、65㎜フィルムとIMAXカメラ。

www.kodakjapan.com

 

”人を食う”魅力的なキャスティング

キャストも魅力的で、OJ役のダニエル・カルーヤはシャイな演技がキュート。フォレスト・ウィテカーのような泣きそうなたれ目がよい。馬とふれあい、馬を乗りこなす姿がかっこいい。そして馬を決して犠牲にしない馬愛あふれる演技!

エメラルド役のキキ・パーマーはステレオタイプな黒人女性のキャラでもなく、かといって過度に現代的な女性を意識してる演技でもないのがよい。同性の恋人がいる設定らしいが、さほど強調していない。エンタメ業界に近い環境でありながら牧場という自然の中で育った天真爛漫な女性、が自然体でそこにいる。兄妹の距離感もよく、女が男のサポート役(もしくは男が女のエスコート)というよくあるシチュエーションも排除されている。兄妹がお互いを守るために、NOPEとそれぞれの位置から対峙するクライマックスシーンは見もの。エメラルドのバイクでのAKIRAオマージュはしびれた。

二人を助けるエンジェル役のブランドン・ペレラも、設定に多少ご都合的な部分はあれど、デジタルとアナログという大事なモチーフをつなぐキャラとして存在感があった。ペレラはスケーターだそうで、その肉体の軽やかさがさりげなく画面ににじみ出ていた。

もう一人の主役、ジュープ役のスティーブン・ユァンは人気TVドラマ『ウォーキングデッド』(以下TWD)のグレンとしておなじみだが、TWDではゾンビではなく白人にバットで撲殺され、今回はばけものNOPEにさっくり食われてしまう。どちらも「アジア人」として、そこそこ重要人物でありながら都合よく物語途中で殺される。「都合よく」というのは、もし彼が白人のキャラだったならば、TWDであのような展開にはならなかったと思うからだ。アジア人としての印象、そしてその殺され方の理不尽さは、ドラマのショッキングなシーンの強度を増幅させている。たくさん人が死ぬTWDの中でも、グレンの死はいまだドラマ内でも語られる象徴的なキャラとなっている。それはひいては視聴率に関わる。

ジュープの役もまた、白人(もしくは白人メインのアメリカエンタメ界)に搾取されるアジア人を彷彿とさせるが、TWDでは無意識(のように)に行われたその存在定義は、今作では意識的に行われている。TWDでの知名度が今作に生きているというのはまた皮肉でもある。そういう意味ではユァンのキャスティングはぴったりで、元人気子役でトラウマがあるという複雑な設定もさらりとこなす。そういえば白人妻がいるという設定もTWDへのオマージュなのか、はたまた皮肉なのか。

文字通り"人を食う"ばけものと戦う映画のキャスティングは、"人を食ったような"なかなかパンチの効いたものであった。

エヴァとかエヴァとかエヴァとか(NOPE, NOPE, NOPE)

この前のブログでエヴァの話したばかりで、またかよと自分でも思うんですけど、これは考察でなくてジョーダン・ピールの確信犯(なので私のせいじゃない)。

NOPEは最初は「巨大眼球のおばけ」の形で飛び回り、目が合った人間を吸いあげて食らう。飛行物体ではなく、生命体って分かったあたりで「使徒じゃん…」と思いました。

パニックものとしては『ジョーズ』『キングコング』の系譜であり、異次元からやってきたヤバいやつっていう意味では『エイリアン』をはじめとする宇宙系ばけもの映画はあげたらきりがなく。監督もパンフでたくさんオマージュ話してますしおすし(なげやり)。

しかしオマージュ多すぎでちょっと食傷。ホラー系映画だと設定が『ミスト』が限りなく近いかな。血の雨描写は『キャリー』も彷彿とさせ、一軒家や屋敷が舞台になるホラーもそれこそごまんとある。

NOPEことGジャンが最終形態に変化したあたりで「はいはいエヴァですねはいはい」ってなりました。デザインはいろんなのを参考にしてるんですけど、折り紙を参考にしたって制作エピソードは『シン・ゴジラ』ですしおすし。

Gジャンの形態については、これは「女性器」のメタファーでもあるんでは?とも。広がった形が子宮と卵巣みたいだし、OJの家に血の雨が降るとこは「月経」のメタファーなんでは。旗の紐が出てるとこはタンポンの紐みたいだし(男性器のメタファーという説も)。血の雨はホラー映画としてのモチーフでもあるけれど。ただ女性器としてのメタファーがどのくらい意味を成してるかは読み切れなかったので、あくまで私見

そもそも「人を食って消化する」という設定なので、あれは確実に消化器官なのだが、確か生物によっては消化器官と生殖器官は近いのがあったりしますよね。

あれを生殖器です!って公言したらR指定かかっちゃうっていうのも考えられるけども。

民間伝承としてのばけもの/自然災害

Gジャンはゴジラ的な要素もあり、自然災害のメタファーもあるだろう。竜巻、大雨、電気を無効化するほどのパワー。突然現れ、人がかなわない、立ち向かうには恐ろしく、まさに無理げー(NOPE)な存在。

ということを踏まえつつ、この話どこかで既視感がと考えていて思い出したのがこれ。

覚 - Wikipedia

日本昔話とかに出てくる「さとり」という化け物。

さとりは人間の心を読んで恐怖に陥れるが、人間が思いがけなく取った行動で起こった予期せぬことに驚いて「人間は予測できない行動をするからこわい!」と逃げていくお話。

最後にエメラルドがとっさに思いついた罠にまんまとはまり、自滅するGジャン。

さとりの姿が一つ目なとこはGジャンの初期形態に似てるし、wiki の説明にある「飛騨・美濃の妖怪『黒ん坊くろんぼう)』」というところも、今作で示唆されてる「見過ごされた人々(黒人・先住民・有色人種)」にもつながる部分がある。また、おそらくこの民間伝承のさとりは、実際は猿や野生動物のたぐいを意味しているのではと思うので、今作でのチンパンジーの事件ともつながっていく。

名もなき人々を蘇らせる

人をなめんな、自然なめんな、と人種差別、自然保護、動物愛護、などなどたくさんのメッセージを大きな画面で美しく表現したジョーダン・ピール新作。

見過ごされ、無視され、はたまたその反面で見せ物になり搾取された者たちを、見事に現代の映像表現で蘇らせた。

真実は誰にとって都合の悪いものであったか。如実に描き出し、掘り起こす様は、映像の魔術師ならぬ呪術師と言ってよい。

また、新シリーズの制作をした『トワイライト・ゾーン』で、彼はホスト役としても出演している。それと今作への流れは、彼がアメリカ映画界のおとぎ話を怪しく語り継ぐ語り部としての役目も担っているかのようだった。

ホラー、SFというジャンルでとっつきにくさもある作家ではあるが、ここにきてエンタメ性や表現力の熟成が増して、ますます目が離せない。

参考とメモあれこれ
  • ジュープのトラウマとなった劇中の架空のホームドラマ『ゴーディ 家に帰る』で、撮影中に興奮したチンパンジーが人間を襲うエピソード。なんだかリアリティがある、と思ったらモデルとなった事件があるそう。エグい事件なのでリンクは貼りません。
  • ジョーダン・ピールが作ったその架空のドラマのオープニング映像。グータッチが悲しい。(ほのぼの映像です)

  • 史上初の映画とされる人が馬に乗った連続写真は、写真家エドワード・マイブリッジによる本当にある作品「動く馬」。今作で語られる「クレジットされていない黒人騎手」の話は事実かどうかはっきりはしていない。wiki内に今作で「映画の祖」として使われた「動く馬」のアニメーションが見られる。

エドワード・マイブリッジ - Wikipedia

動く馬 - Wikipedia

そういや『アネット』では世界で初めて録音された歌がオープニングで使われるが、最近の映画界はBack to basicsの流れがあるのか。

  • 先日「メンデルスゾーンの曲は実はほとんど姉が作曲してた」という説があるという話を聞いて、女性も「見過ごされた者」のジャンルに入るなと。
  • ダニエル・カルーヤ主演の『クイーン&スリム』(ネトフリ配信は終了)を見たが、この中でもダニエルはハンバーガーを食べ、馬にも乗っている(かわいい)。
  • 鑑賞日がたまたまジョン・フォードの命日だったのだが、ラストシーンでカウボーイのように現れるOJを見て、なんたる因縁かと思ってしまった。ジョン・フォード作品そんなに見てないけども。
  • エンディングロールはオレンジ色から変化していくのだが、ぼーっとしてて気づかなかった。下から上に名前が昇っていくのだが、ばけものの消化器官を表しているらしい。どこかで名前が同じ枠で二度表記されてるスタッフがいたのだが(日本人名なので気づいた)、単なるミスかなんか意味あるのか。