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現実と虚構の狭間でーアネット桜餅事件を振り返るー〜『アネット』鑑賞2回目@109シネマズ川崎(舞台挨拶回)

川崎アネット桜餅事件

『アネット』公開2日目、そして最初の土曜日ということもあり、なんとレオス・カラックス監督の舞台挨拶が川崎で。この日は監督、一日舞台挨拶巡りで、川崎の後は有楽町と池袋へ。昭和の人気アイドル並のスケジュールです。

舞台挨拶チケットは軒並み売り切れ。初日の本拠地ユーロスペースでの舞台挨拶は販売直後に瞬殺。池袋も会員先行の時点で8割埋まり。川崎と有楽町もすぐに完売。私も販売直後の繋がらなさ加減に胃を痛くしながらも、なんとか前方の列を確保。

しかしなんで川崎?109シネマズなら他にもあるのに?

ちょっと気になってました。ミニシアター系の映画作家の作品がシネコン上映というのも不思議な感じ。これも時代かしら。川崎はたまたまスケジュールが空いてたとかかな?とはいえシネコンは音響もいいし、席もゆったり、席数も余裕あり。何より横浜市民の私にとっては川崎はご近所。朝イチの回はそれほど苦でもない。神奈川県民であったことをこれほど嬉しく思ったことはありません。

あとはカラックス監督が寝坊しないことを祈るのみ〜。

10時前に川崎駅到着。109シネマズ川崎の入っているラゾーナは駅直結で楽ちん。ラゾーナは円形の広場をぐるりと建物が囲む大型モール。広場では桜色の装飾が春らしく、休日のマルシェやイベントの準備中で賑わっており。春の陽気も手伝ってウキウキテンション上がりまくり。

109シネマズ川崎のロビーもアネットはもちろん、カラックス監督作品の過去作ポスター展示など、力入っておりました。やるじゃん川崎。

舞台挨拶回は全席完売!

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過去作のポスター展示ずらり。ユーロスペースの展示にはなかったバージョンの『ポンヌフの恋人』ポスター。
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控室には監督の歓迎もされていたよう。ホワイトボードにフランス語メッセージと桜の模様。

始まる前に時間があったのでオリジナルラベルが作れるというボトルコーヒーを。アネット&レオス・カラックスのロゴにして。桜柄にしたのは監督が初めて桜の季節に日本に来たことを記念して。

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このタグコーヒースタンド、二子玉川と川崎の109シネマズにしかまだないそう。

~コーヒーの味わいやラベルデザインをカスタマイズ~“自分らしさ”を持ち運べるボトルスタイルコーヒースタンド「TAG COFFEE STAN(D)」サービス開始|サントリー食品インターナショナル株式会社のプレスリリース

ロビーはポスターを撮る人、売店はパンフや関連グッズを買う人で満ち、入場口には待ちきれぬ観客の行列。

私の春コートも春色。そんなテンションぶち上げ状態の浮かれポンチ。

まさかまさかあんなことが起ころうとは。

予告編が終わりいよいよ本編。私は試写で見てたので、今回はじっくり細かいところ確認しようと、冒頭のカラックスのアナウンスの声が出る前の音響など聞き入ったり。いよいよスパークスの "So May We Start" が鳴り響けば素晴らしいショーの始まり!イエーイ!

「(ゴゴ…ザザ…)テステスー、おはようございまーす…」

という日本人の女性の声が。

鑑賞2回目なので、こんな音響ないの知ってます。それでも「いやもしかしたら舞台挨拶のためのサプライズ」と1秒だけ思ったくらい信じられなかった。

もしかして舞台挨拶のためのマイクチェックの音が入ってる?やれやれ。とんでもないけどこれで終わるといいな、初見の人は可哀想だが、これ以上はさすがにないだろうと思っておりました。

その後しばらく音はなかったのですが、また女性の声が。

「はいそれでは桜餅作りに入ります…ワークショップご参加の…みなさんお手元の…を広げて、はいそうです…(その後延々と桜餅らしきものを作る指示が続く)」

今度はマイクチェックのための曖昧な声ではなく、お客さまにはっきりと伝えるためなのか、イキイキとした大きな声で明瞭。画面ではアダムやマリオンが歌っている。ショーマストゴーオンなのかこれは果たして。なんとか画面に集中しようと、やっぱこれあかんやろ…という気持ちの揺れる中、「そういや広場で色々イベント準備してたな。あの中のワークショップの音声が混線してるんだ」と気づき。音楽演奏やってたり、文化祭やセミナー等の会場設営などに関わっていた方は知っているかと思いますが、マイク数本ある場合はそれぞれチャンネルがあり、スピーカーにそれを繋げるのですが、たまたま外のイベントのマイクの周波数と劇場内のスピーカーに合ってしまったのでしょう(だとしてもなぜスピーカーはその時点でONになってたのか)。

同じように気づいた方が数名すぐに席を立って、外の係員に伝えに行ってくれ(本当にありがとうございました!)、なんとか音声は止まりました。音声が流れてたのは数分ですが、もうあの永遠に続くかと思われた違和感、今まで味わったことのない異空間。映画館や劇場でスマホの着信が鳴って不快になったことある方は多いかと思いますが、それの不快感を軽く数倍超える経験でした。

しかも上映を最初からやり直す気配もなく。まだ始まったばかりだし、できなくもないのではと思ったのですが。おそらく舞台挨拶はこの後も都内でもあり、移動等で時間に余裕がないのでしょう。ケツカッチンってやつですね。舞台裏では劇場の人があたふた対応に追われてんだろうね、と。私はせめてこの事件を監督が知ることがないようにと祈っておりました。

観客のみなさん、そんな経緯を同時に想像しえたのか、ブーイングも起こらず。

余談ですが、前の週にユーロスペースのカラックス特集で『ボーイミーツガール』を見た時に、フィルムが古すぎたせいか3回ほど冒頭で止まり、上映し直した回に遭遇しまして。昔みたいで懐かしいなあと思ってましたが。その時後ろの席の若い男性が止まるたびに「ざけんなよ」「◯◯(老舗映画館)ならすぐに謝罪するぞ」と大声でイキっておりまして。女性連れというのももしかしたら彼をイキらせる原因だったのでしょうか(カッコわる)。連れの女性も「見れなかったら返金してくれるよね〜」と便乗。私の中では「老舗映画館通いをアピるイキりシネフィル気取り男子」と名付けてるのですが、あの回にいた古参カラックスファンは生暖かく彼を見守っていたのを彼は知らないのでしょう。(ちなみに確かに今のユーロスペースは2006年からだけど、その前身は1982年から別の建物の2階にあったから、彼がお好きなその老舗映画館より古いんですけどねえ。と前の建物から通ってる昭和おばさんは思いました)。

今回はそんなイキりシネフィル気取り男子もおらず。もしかしたらいた方がよかったのか。でもそれクリス・ロックを殴ったウィル・スミスみたいよね。雰囲気悪くなることを恐れていたのか、はたまたあまりの異常事態すぎて皆さん考えたくなかったのか。礼儀正しいお客さんばかり。トラブルもとりあえず乗り切った謎の連帯感が劇場をおおっていたのかもしれません。まったく解決はしてないけど、みなさん上映中も静かでした。

本作では観客にブーイングされるヘンリー(アダム・ドライバー)のシーンがあったので、もしかしたら今回の事件と重ねたりもしたでしょうか。現実と虚構が混じり、境目がなくなる感覚のある本作。鑑賞中にありえない力技で現実へと引き戻された上映体験は、皮肉にもアネットの世界観と重なってしまっていた悲劇。

しかし桜餅。でも桜餅。三色団子もあったらしい。そして食べ物じゃなくて手芸ワークショップだったらしい。

もちろん、ワークショップの方は何も悪くありません。桜餅にはなんの罪もありません。

上映後、特にお詫び等のアナウンスもなく舞台挨拶へ。(ちなみに前述のユーロスペースは上映後にお詫びのアナウンスが流れました。てかその時はちゃんと見られたしお詫びいらない)。

作品全体感想は大まかなとこは試写会の時と変わらず。

愛という名の深い森で〜『アネット』試写会@ユーロライブ渋谷(ネタバレあり) - je suis dans la vie

気づいたとこは別途記したいと思います。

カラックス舞台挨拶&ティーチイン

スクリーン側の壁、向かって右端のドアが開き、舞台挨拶の準備開始。係の方が3つ椅子を準備、マイクを持ってきます。このマイクがまたシールドが絡まりまくっており。司会の矢田部吉彦さんがまず入ってきて、マイクのシールドと格闘。

通訳さんとカラックスが入場してもまだシールドと格闘する矢田部さん。(でもそもそも司会の矢田部さんがすることじゃないよね…。この辺りの段取りもひどかった)

ここ本作のヘンリーが舞台でマイクのシールドをバインバインと打ちつけるシーンと重なりましたよね。そのうち矢田部さん踊って歌ったりしてなんて思っちゃった。ここでも虚構(映画)と現実が交差するマジック。恐るべし川崎!

てかマイクや楽器のシールド絡まりやすいんだよ。ただぐるっと円形じゃなくて八の字で巻くと絡まらないんだよ〜、と元バンド経験者は思うのでした。

しかもメインマイクが2本しかなくて、通訳さんのマイクがない。あたふたするスタッフ&矢田部さん。通訳の人見さんがさっと監督に事情を話し、一本のマイクを二人で共有することに。人見さんさすがです。(しかし109シネマズ川崎は出演者に気をつかわせてどないすんねん…)

矢田部さんは切り替えてサクサクと監督の紹介、拍手。しかしなんとなくですが、観客の拍手も力無く。みなさんこの雰囲気をどう盛り上げたらという感じの空気。

カラックスの「Bonjour」の声から始まります。

矢田部さん「監督、桜の季節に来日されましたが、桜はご覧になられましたか」

となかなか良い感じの出だし。

監督「春に日本に来たのは初めてで、桜も初めて見ました(感慨深げ)。川崎も初めて来ました。でも一体今どこにいるのか分かりません」

監督、インタビューなどで桜の話を振られてるようですが、綺麗とか美しいとか修飾語はあまり言いません。でも嬉しい楽しい気持ちなのが伝わります。簡単に表現しないところに監督の気持ちが表れてる気がします。川崎の件は…きっと東京から車に乗ってそのまま会場入りされたのでしょう。川崎のことは忘れて下さってかまいません。桜餅のことがどうかお耳に入っていませんように。

またもや少しトラブル。マイクがハウリング。かすかにまた外の音も入ってきているよう。監督のマイクの音がちょっと小さい?結局矢田部さんのマイクと交換。また矢田部さんがシールドと格闘する羽目に。矢田部さんがブチ切れてマイクぶん回さないかドキドキ。

さてQ&Aのティーチイン。会場に質問を求める矢田部さん。

実はTwitterで事前に質問募集してたので、現地質問はないと思ってました。その後の有楽町は事前募集の質問で行ったそうなので、会場の設備の関係なのか、はたまた川崎では質問がまだ集まってなかったのは定かでないのですが。

そしてまた、懲りずにまたトラブル。会場質問者用のマイクが準備されていない。動揺する矢田部さん。人見さんが「じゃあその場でマイクなしでお話しください」と機転をきかす。監督は何があったの〜とキョロキョロ。その説明をすかさず監督にする人見さん。あのカラックスの通訳するだけあって、さすがの胆力。

結局最初の質問者が話し出す前に、ワイヤレスマイクを持った係の人が走ってきて解決。(ほんとにもー109シネマズ川崎さあ…以下略)。

前置き長かったですが、下記Q &A。(うろ覚えの部分もあるのでご容赦を)

Q 「スパークスのファンです。スパークスの原作を映画化してくださってありがとうございます!どのような経緯で映画化となったかお聞かせください」

監督「スパークスから9年前にストーリーはない状態で、15曲ほどのオペラの台本のような企画をもらった。その時はまだ詳しいことは決まってなくて、だんだん登場人物や細かいところが決まっていった」

監督もスパークスのファン。試写の時もスパークスの話は饒舌だったので、きっと嬉しかったと思います。素敵な質問で幕開けで安心。

ただその直前はバタバタしていたりで客席がシーンとしていたので、これは質問した方がいいかも、と判断し次に思い切って手を挙げました。

同時に手を挙げた方がいたので、そちらが先(それはそれで他にも質問あってよかった!)。矢田部さんが私に気づいてくれて「あちらの方(私)はこの後に」とおっしゃってくださいました。この辺りから矢田部さんの進行も落ち着いてきていい雰囲気。

Q「アダム・ドライバーのファンです。アダムの素敵な演技が見られて感激です。キャラクター設定など製作秘話あれば教えてください」

監督「アダムはGirlsというドラマを見て。面白い俳優だなと思ってぜひ組みたいと思った。女優は最初はイギリス人など歌手を考えていた。そして色々あってマリオンに決まった。俳優との仕事は音楽面が問題だったが、うまくいった」

こちらもよき質問。スパークス、アダムのファンからと多方面からの質問あって、バラエティにとんでいい感じ。

そしていよいよ私。まー恥ずかしい質問だったのですが、ご容赦ください。

Q「今回はこのような時期に日本に来て下さって本当にありがとうございます。監督の大ファンです。30年お会いできるのを待っておりました。作品内でヘンリーは人々やアンを笑わせ、幸せにしたいと思っていながら、怒りに飲み込まれます。私は笑いとは、喜びだけでなく、恐怖や怒りや悲しみと背中合わせだと思いますが、監督にとって笑いとはどんなものでしょうか」

監督「最初から主人公をスタンダップコメディアンにする企画はあった。昔からアメリカのスタンダップコメディアンなどが好き。オペラは知識がなかったが、スタンダップコメディは興味があったので色々調べた。スティーブ・マーティンとか好き。コメディアンは舞台に立つ時に恐怖感がある。ウケなかったらどうしようと、ステージ上がる前は怖いのだそう。不安で吐いたりする人もいる。そして死や不安感を笑いの素材にしている。それが素晴らしいと思った」

ヘンリーのステージ上がる前のファイティングポーズ、そしてヘンリーが堕ちていく様、その不安感。それを表現したかったのだなと。私の拙い質問にも真摯に答えてくださる。感激でした。答えてる間もこちらを見て下さってそれもまた感激。人見さんの分かりやすい通訳も感激。

そして次の質問へ。私の後ろの席の青年。

Q「自分は映画とか撮りたいんですけど、どうしたら映画監督になれますか。またユーモアのセンスはどうやったら身につきますか」

この質問が出た時、会場中の息が一瞬止まったよね。私の中の30人のキムタクが総動員で「チョマテヨ!」と山口智子松たか子石田ひかり常盤貴子鈴木京香を一斉に止めに行ったからね。いやいいんですよ、別にどんな質問しても。でも桜餅の後にこの展開は観客のライフが削られかねない。恐るべし川崎マジック。桜餅の呪いはまだ続いているのか。青年よ、できれば今見た作品の話をしようよ。そしてそれはカラックスに聞くことなの。◯◯◯◯監督(お好きな名前をお入れください)とかでもよくない?クドカンのラジオに投稿とかじゃダメなの(クドカンに流れ弾)。

私はせめて監督が一杯引っかけててくれてないかなとしょーもないことを思っておりました。

しかし巨匠、青年の質問にも真摯に答えます。

監督「僕にユーモアのセンスがあるかどうかは分からないけど」

このフレーズ、気になってたのかこの後2度ほど繰り返す。ユーモアありますよ!監督!

監督「16、7歳の頃から監督になりたいと思っていた。音楽の才能も、撮影する技術も僕はない。何もできない。でも撮影現場に行くと、カメラが回ると、そこが僕の居場所だって思うんだ。」

青年、結果いい質問だった…こんなセンチメンタルな答えが出るなんて。一杯引っかけてないからこそ出た言葉。知らんけど。

そして最後の質問へ。こちらも男性からの質問。

Q「アネットの誕生から二人の関係が悪くなっていく理由が分かりません。監督の解釈でいいので、お聞かせください」

監督「カップルの崩壊はアネットのせいではない。二人はアーティストで、恐怖感を持ってステージに立つ。アンはオペラで毎晩「死」を表現している。ヘンリーはその「死」に魅せられている。ヘンリーはその素地が元々あって、不安感から2人は崩壊する。オペラは死で、二人はそのリアルでない世界にいる。アネットの誕生は唯一の現実だが、二人はリアルすぎて向き合えない。僕の解釈だけど」

二人の関係悪化が子供のせいって思っちゃう人もいるのかと監督がしょんぼりしてないか心配でしたが、「アネットの誕生が唯一のリアル」ってなるほど〜って思う答えでした。「僕の解釈だけど」って謙虚なのも可愛い。解釈もなにもあなたの作品だから!

矢田部さん「それでは監督最後にメッセージを」

監督「(少し考え込んで)メルシー。…メッセージは本当に苦手なんだ。(また考え込んで、少しはにかみながら)メルシー」

カラックス監督、笑顔で手を振りながら去っていきました。ありがとう、本当にありがとう。またいつか日本に来てください。

終わった後、係の人が退場する人に109シネマズの招待券を配布しておりました。お詫びのアナウンスなどは特になく。なんとなく雰囲気悪い感じは残り、ネットで「アネット桜餅事件」とちょっとだけ話題になり。

これが最初の鑑賞だった方は本当にかわいそうだと思うのです。ただ稀有な体験であった、そして虚構と現実が入り混じる本作との類似点のある体験でもあった。川崎という土地が起こした呪い、魔法、幻術。どうか皆さんの喉に引っかかった林檎の毒が消えますように。アネットのように、どうか悪夢が覚めますように。もう一度アネットを見て、楽しんでくれることを祈っております。

 

私は次の日桜餅を食べました。

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