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愛という名の深い森で〜『アネット』試写会@ユーロライブ渋谷(ネタバレあり)

レオス・カラックスが前作『ホーリー・モーターズ』以来9年ぶりに撮った新作『アネット』。アニエスべー主催の試写会に行ってきました。

タワーレコードのフリーペーパー"intoxicate"の抽選に当たり、本当にたまたま。公開の前日だけど、試写会ならではのイベントでもあるといいなくらいの感じで。同行者もみつからないかなと思ってましたが、友人Sさんが会社早退できそうということでお付き合いいただきました。カラックス監督のサプライズトークショーもあり、それも後述します。

(書いてるのは公開後の4月なので、ネタバレありです)

本編あらすじ&感想

オペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)とスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)は世も羨むセレブカップル。自分の舞台がはけて、劇場へバイクでアンを迎えに来るヘンリー、公衆の面前でキスをする二人にファンもマスコミも夢中。二人は深く愛し合っておりすぐに結婚、娘アネットも生まれ幸せの絶頂。しかし、オペラのスターとしてキャリアを着実に踏んでいくアンと、ふとしたことで人気が落ちてしまうヘンリーとの間に溝が。修復しようとする中で悲劇が起きてしまう。

ここまでが前半。

二人がなぜ恋に落ちたのかはよく分からないけれど、アンの美しく儚げな様子と、ヘンリーの荒々しく激しい雰囲気のアンバランスさは、一見ミスマッチなようで、むしろその正反対なゆえに惹かれあっているようにも。ここは俳優のルックスや雰囲気も大きく影響している。服や髪の色も視覚的に効果を示す。アンが赤、ヘンリーは緑と補色の関係にある(二色は混ぜると黒になるというのも伏線か)。アンの服は黄色も多い、がオペラでの衣装は白色系が多いように思う。赤い血の色が目立つ白。

二人の関係にヒビが入っていく理由は、アンの成功にヘンリーが嫉妬や引け目を感じているからである。「笑いで人を武装解除させたい」というヘンリーは、決して恵まれた生い立ちとはいえない様子だ。アンも田舎の出の普通の女の子だったとは言っているが、今は美しく才能があり多くの人を魅了しており自覚している。ヘンリーは出番前の緊張した様子から、自分に自信を持てない部分があり、攻撃的な話芸もそれを象徴している。「アンになぜ愛されているのか分からない」と繰り返す。二人とも人気があるようなのだが、アンの方がクラシック界で格上ということもあるのだろうか、追い詰められたヘンリーはとうとうある日の舞台でとんでもないことを話して(ただしこれは嘘)凋落していく。

アンも実は追い詰められており、舞台の役の設定が彼女の生活にリンクして侵食していく。移動中の車でうたた寝をしている間に、ヘンリーが女性への暴力で訴えられる妄想、ヘンリーのバイクが車に激突しようとする妄想に、彼女は囚われる。これらはアンが舞台上で「死」を何度も演ずることにも起因しており、アンの漠然とした不安は単にヘンリーの存在だけではないようにも思う。ヘンリーも舞台袖でアンの死ぬ演技を見つめ、その「死」に引きずられていくようだ。

アンが舞台中に森の中に一人迷い込むシーンがある。舞台セットというより、アンの心情のようだ。二人で微笑みながら歩いた開けた森ではなく、鹿が一頭静かに佇む深い緑の暗い森である。

「恋は深い湖の底に好きな人を沈めること」と作品内で語ったのは吉野朔実だが、アンもヘンリーも深く愛しすぎて、お互いどころか自分をも見失っている。しかも二人はジャンルは違えど「虚構」を舞台で演じ生きるアーティストである。虚構に飲み込まれ、愛の深さがそれを加速していく悲劇。唯一彼らの現実はおそらく娘のアネットの存在だが、なんと本作でアネットは「人形」である。ここでも現実と虚構が交差する。この物語はフィクションなのだとはっきり提示される。

アンは不幸な事故で亡くなり、亡霊となりヘンリーを呪う。その呪いは赤ん坊のアネットが歌を歌うことができるというとんでも展開になるのが後半。ヘンリーはアネットを利用して、今度は娘を操ることで、自分の悪意や不安を解消しようとする。

父と娘という新たなモチーフを描いたカラックス。どうしても亡くなった妻カテリーナ・ゴルベワが頭をよぎる。しかも冒頭オープニングに出てきた娘ナースチャにはカテリーナの面影がはっきり出ていた。亡霊となった青白く濡れた長い髪のアンの姿は、「ポーラX」のイザベルを彷彿ともさせる。

これは一体どのような象徴を含んでいるのか。果たして自身の私生活を反映させているのか不安にもなった。しかしミュージカルという表現と、「メルド」以降のデジタル撮影移行ゆえの鮮やかな色調の変化なども手伝い、かなり俯瞰的なあくまで自作品へのオマージュなのだと思った。特にそれを感じたのは裁判シーンの女性廷吏がポンヌフのジュリエット・ビノシュのモノマネをした時で、今までも同じモチーフを使うことはあれどここまでユーモアを持って表現したことはないのではないか。しかもヘンリーはこの廷吏を「母に似ている」とのたまう。ならばポンヌフのミシェルの息子がヘンリーなのか、とパラレルワールド的設定も想像してしまう。ヘンリーが護送されるシーンは「ポーラX」のラストシーンに被るし、顔を見せないアンの運転手の名前はオスカー(「ホーリー・モーターズ」の主人公)である(そしてオスカーはカラックスの本名ミドルネーム)。

すべては繋がっているのかもしれないが、カラックスの単なるお遊びかもしれない。「ホーリー・モーターズ」が過去への鎮魂ならば、アネットは過去の反魂と供養の儀式を同時にやっている。

ラストは「息」をし始めた娘・アネットに拒否られる父・ヘンリー。この拒否の仕方もものすごく厳しい。ここでアネットは父親だけでなく母親も断罪しており、アネットだけが深い森から救済される。決してハッピーエンドではないが、父親となったカラックスは娘だけは「死」の餌食にはしなかった。

今までの作品では、愛する女を愛という名の深い森に閉じ込めようとした。愛し愛されることを望みながらも、全く真逆の方向へ引きずられていく男を、まるで自分の深淵を表現するかのように、かくも美しく描いて私達を魅了してきた鬼才カラックス。本作も死と深淵を深く見つめてはいるが、アネットだけは道連れにはせず、自らがその外へと強さを携えて歩み出していく様を初めて描いたのではないか。

作品の原作はスパークスではあるが、驚くほどの生命力に溢れた創作の原動力は娘ナースチャではなかったろうか。

そしてエピローグで観客に向けられた言葉。今までは私たち観客をその魅力的な闇へ置き去りにし、決して救済してはくれなかったカラックスが、初めて出口を示してくれたのである。カラックスの森の外へ出る日が来ようとは、そしてそこは光に満ちているのであろうと信じたい。

トークショー&ティーチイン

カラックス監督登場!実は試写会に当たった時は監督来日は公表されておらず、その後来日したとありもしかしたら…と思っておりました。本当に来てくれたよ〜!ありがとうアニエスべー!アネットTシャツ買いました!カフェも行きました!スナップカーディガン愛用してます!

前日のDOMMUNEでの放送では、一杯ひっかけてから来たという監督、今日も今日とてお顔が若干赤い。さては飲んでますな?ご機嫌も麗しく、ニッコニコでした。

司会はアンスティチュフランセの方、通訳はお馴染み人見さんです。

トークは実はあまりに目の前(2列目ど真ん中)だったので、もう終始ドキドキしておりまして。トキメキなのか更年期なのか区別のつかないお年頃でやばいんですけど。ちょっと頭に入ってこないとこもありました。ので、覚えてるとこだけ箇条書き。司会の方がとても良いインタビュー形式だったので、Q &A以外もかなりいい感じで話してくれました。太字はカラックスの言葉。

  • 冒頭スパークスの音楽が始まる前に、古い音声で女性が歌っているような音がするが何か?→昔初めて録音機が発明された時の歌。(この辺り、録音機と再生機の歴史についてなど。その曲名についてなど。)
  • スパークスがアイディアを持ってきてくれた時に、スパークスは好きで興味はあったが、悪い父親の話だったので、当時9歳の娘への影響を案じた。しかし私の娘はとても聡明な子で、フィクションと現実の区別は早くについてあったので問題なかった。あれから9年経って彼女も成長したし。
  • ミュージシャンに本当はなりたかったが、音楽は僕を選んでくれなかった。ミュージカルは元々好きで見ていた。ジャック・ドゥミなど。
  • (観客からのQ)「監督の大ファンです。今作はハッピーエンドではないけど、とても暖かい気持ちになりました(それはなぜか)」→別にそういうつもりは無かったけれど…(ここ監督ファンからの熱い思いに照れたのかかなり誤魔化してはぐらかしてる感じも)。
  • (Q)ヘンリーの顔のあざは罪が深くなるつれて大きくなる?→そういう意味もある。あと自分の作品には障害があるキャラクターをモチーフにするので。
  • (Q)ヘンリーがアンが妊娠中にベッドで動く様がフランシス・ベーコンの絵画のよう→違います(ニッコリ)

なんか他にも色々話してたんだけど、思い出せん!アニエスべーさん、どうか記事にしてくださーい!

監督が可愛かった行動は事細かに覚えてるので、これも箇条書き。

  • 壇上に上がる時に、後ろから来た通訳さんの手を優しく取りエスコート。もうこの仕草でズキューン💕
  • 皮の帽子を床に置き、着古した黒いコートを椅子にかけて。グレーのパーカー、カーキのパンツ、茶系に細いストライプの靴下、茶系の皮?スニーカー。コートはボタンの周りの布がボロボロになって裏地も直したようなあと。かなりお気に入りな感じ。薄い色のサングラス。
  • 途中地震があって、トークショーちょっと中断。緊張の中、「that’s me(僕のせいだよ)」とニコッと和ます。(いや何もなくてよかったけども!)
  • 終盤に差し掛かり司会の方が「監督が一服したいようなのでそろそろ最後の質問に」と言ったら「タバコ吸ったら戻ってまたやってもいい」とかなり乗り気な様子。手がタバコを握っており。
  • 結局最後の質問で終わりということに。監督、タバコを持つ仕草して「一服してくるね!」とコートと帽子を置きっぱなしに。トークショーは終わりましたが、ちゃんと戻ってきてファンサしてました。
おまけ

終わった後Sさんが「これ(チャイルドプレイの)チャッキーだよね」で大きく頷きましたわよ。アネット、マジで怖いんだよ〜。人形っていうのは事前に知ってたけど、動かないやつかと思ってたのにめっちゃ動くやん!いつ目ひん剥いてシャーって鬼になるかと思ってたわい…。よかった人間に戻って…。そういう意味では鬼滅っぽさもある。

人形については、日本で作成してくれるところを探して来日してた時があったそうです。