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ボンボヤージュボンボヤージュ~『コンパートメントNo.6』シネマカリテ

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あらすじ(公式より)

モスクワに留学中のフィンランド人学生ラウラ(セイディ・ハーラ)。彼女の、古代のペトログリフ(岩面彫刻)を見に行く旅は、恋人にドタキャンされ、急遽一人旅に。そんな彼女が寝台列車6号コンパートメントに乗り合わせたのは、モスクワのインテリたちとは正反対の、粗野なロシア人労働者リョーハ(ユーリー・ボリソフ)。最悪の出会いから始まった、二人の長い旅の行方は……。

ロシア版『冬の旅』

冬の凍てつくロシアの雰囲気むんむん。

どんなふうに寒いか、行ったことがない土地なのに、なんとなく分かる気がしてしまう。リョーハが飲んでるお酒、途中停車で降りた駅で犬に導かれた先の家でもらった謎のお酒。それらは酔うためだけでなく寒さをしのぐもの。ラウラが飲んでいるお茶、ラウラのふわふわ帽子、リョーハの機能性だけは高そうな革のジャケット、女性車掌のとにかくあったかそうなコート(銀河鉄道999の車掌さんみたい)。リョーハがTシャツ姿になるのは、列車や家の中は暖かいから。温度もだけれど、冬のかさついた埃っぽい空気、さほど清潔でないであろう水回り、酒と油と人の汗や体臭が匂い立つような画面を見るだけでもこの映画は楽しい。

1990年代を舞台にしてるため、スマホなどの近代的なものは出てこない。ラウラはカセットテープのウォークマンで音楽を聴き、ハンディカムで旅の映像を撮る。恋人に電話するためには電車を降りて、公衆電話にコインを入れる。やっとペトログリフのある土地に着けば、案内所で冬は公開してませんとすげなくされる。なんとか行こうとタクシーの運転手に相談してあがいてみる。今ならスマホひとつあれば簡単なことが、旅を困難にさせてしまう。

若い女性の冬の一人旅といえば、アニエス・ヴァルダの『冬の旅』を思い出してしまった(最近見たばかりだったというのもある)。しかし、ラウラの旅はコンパートメントのチケットを買い、食堂車で食事をとるくらいには余裕がある。彼女はロシア語も堪能で知性もある。トラブルはあれど、それなりに乗り切れている。

そのある程度の「安全」の中で、ラウラが初っ端から出会うのはリョーハという粗野な青年。いきなりラウラを「売春婦」扱いする。これはリョーハの教養のなさもあるが、時代的にありそうな話ではある。昔、海外旅行する際に「女性は肌の露出を避けよう」というのはよくガイドブックに書いてあった。丁寧なのだとこうこうこういう格好は売春婦のカテゴリーになりますよ、みたいなことも。

しかしラウラはノーメイクでもさっとした感じの服装だし、勘違いさせるような行動もない。リョーハが酔っ払ってるのと、おそらく彼は同世代の女性と個人的に接するような環境に今までなかったのではと思う。というのはまた後の展開でなんとなく分かるのだが、ラウラに知る由もない。そんな風に、二人の出会いは最悪で、『冬の旅』と同じく女性の一人旅には危険がある、という前提をきっちり見せた事で、その後の展開に大きく作用させた。

旅は道づれ世は情け

実際、リョーハがどういう人間なのか、途中まで観客は分からない。信用できると思えるまでの時間がかかるので、観客はラウラと同じ不安を抱きながら、その旅を見守る。二人の距離が徐々に近づき、しかし反発したりする瞬間も、ラウラの気持ちになり見る感覚があった。これは私が女性だからなのか、男性はどのように感じて見たのか興味がある。

リョーハの人となりは、言葉ではなく行動に見えてくる。親しい間柄と思われる老婦人への無骨だが優しい態度、ロシア人乗客への複雑な目線、外国人への反応や、ロシア人的な無愛想さと距離が縮まった時の静かな人情(これは中国在住時に知り合ったロシア人を思い出した)。ソ連崩壊後のロシアを舞台にしているという事を考えると、リョーハの思いや背景も分からないなりに近づける。

ラウラも旅というツールがなければ、リョーハに近づくことはなかっただろう。他の場所で知り合っていたら、反発も親密も発生しなかった。

そういえば、映画と旅はとてもよく似ている。

映画を見終わった時に、劇場にいた人がみな同じ列車に乗っていたような感覚になった。

沈没しない『タイタニック

本作は列車の旅のロードムービーであり、ラウラの自分探しの旅であり、ガールミーツボーイのラブストーリーでもある。二人の間に流れるのは、恋とも友情ともいえず未然すぎるが、ある種の信頼や思いやりがあるささやかな愛情関係が心地よい。

ラウラの旅は目的はあるがそれほど強いものでもなく、恋人につれなくされて旅を続けるはめになった。リョーハも商売をするためのお金を稼ぐために列車に乗っているが、その野心的な「商売」には具体的な計画はない。二人とも「なりゆきまかせ」の旅である。

銀河鉄道999』のメーテルと鉄郎の友愛関係にも似てるが、あれは2人の目的がはっきりしている。主人公が自分を見つけて旅を終えるという部分や、恋愛にこだわらず最後まで旅というツールを生かしている点は似ている。

どちらかというとロマンチックが少な目な「沈没しないタイタニック」だな~と思って見てたら、最後の方で二人が座礁した大きな船にいるシーンがある。どの程度リョーハを魅力的に見せるのかは、監督の匙加減だったと思うが、わりとタイタニックレオナルド・ディカプリオをイメージしたのではと思う。相手の似顔絵を描くシーンもあったし(ただしラウラの方がうまく描いて、リョーハに絵心はない)。

本作はラウラがロシア語そこそこ堪能なため、それほど言語による齟齬はない。『別れる決心』の場合は、外国人側の言葉を翻訳違えたりしてドラマが深まるが、本作はラウラがリョーハに意図的に教えるあるフィンランド語が大事なキーになる。分かりやすい伏線ではあるが、ぜひ映画を見て楽しんでほしい。

  • 2人がたどる旅の道筋

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余談:ロシア語の思い出

大学4年の時に、卒業に必要な単位はほぼ取ってしまっており、あとは卒論の単位といくつかのゼミを取れば週1〜2回くらいしか大学に行かないスケジュールとなりそうだった。とはいえ卒論に必要かもと講義をいくつか取ったのだが、その中に何を思ったか「ロシア語」を入れた。言語学(フランス語)が卒論だったので、他の外国語が参考になればというのもあった(実際多少は参考にはなった)。トルストイを少し読んでて、五木寛之の『青年は荒野をめざす』のモスクワのとこが好きだった、とかそのくらいの興味だった気がする。

曜日は忘れたが5限の講義。ほとんどの講義が4限で終わるしロシア語科はもちろん関連学科もない大学。講師は非常勤で、確か付属校の出身者だった(うちは付属校の方が高レベルで、ほとんどが国立などに進学。その先生も東大出だった)。そういう講義はいくつかあって、慣例なのか意外と毎年残っていた。

夏前の学期では受講者が5、6人いて、ちょくちょく休む人はいれどなんとなく成り立っていた。学期の終わりには1度だけ飲み会をした。

夏休みが明けたら、私を入れて受講者が二人だけになっていた。もう一人は別の学部の同じ4年生の男子学生で、二人で顔を見合わせてどうしようとなったのを覚えている。授業の後に「裏切らないで~!絶対途中でやめないで!」と励ましあった(もとい牽制?)

お互いに4年生で、就職活動やらそれに関わる件でどうしても休まねばならなくなった時に、学内で会った時に「ごめん!来週どうしても休む!」と謝りあった。なんとか受講者ゼロにならないようにしたのはなんのためだったのか。今なら気軽にLINEで連絡しあうが、連絡先も聞かなかった。男女だからという距離感もあったのかもしれないが、お互い4年生で忙しかった。あと学校が小さかったので、なんとなくそこらで顔を合わせてたし、誰かに言伝できてたんだと思う。

つつがなく1年受講し、最後に渋谷のロシア料理屋で先生にフルコースをごちそうになった。不愛想な先生だったが、授業はしっかりしてて、今となってはもう少し真面目にやっておけばよかった。食事後、別れ際に先生にお礼としてバレンタインのチョコをあげたらものすごく照れて動揺してた。その同級生の男の子が「先生きっと嬉しかったと思うよ」と言っていたのを思い出す(そしてその子にもチョコをあげたかどうか覚えていない…)。

その後、大学生活最後のモラトリアム「卒業旅行」を終え、卒業式の後の謝恩会で「ロシア語の同志」の彼に再会した。無精ひげをたくわえてて雰囲気が変わった彼に「春休みどうしてた?」と聞いたら「ロシアに列車旅に行った」と言う。どのルートだったか忘れたが、ヨーロッパを途中まで友人と回り、ロシアは一人で行ったという。「せっかく習ったからロシア語使ってみたいし」という理由だった気がするが、もともとその地域に興味があったから、あの講義を取っていたのかも、とそれまで気づきもしなかった。

「それでロシア語は通じた?どうだった?」

という私の問いに、彼がなんて答えたかはっきりは覚えていない。

彼が見た景色はきっと彼しか知らない。それをとてもうらやましく思ったのを覚えている。

私たちはただ同じ講義を週1回、1年間だけ受けただけで、名前も顔ももうほとんど覚えていない。ラウラとリョーハのような親密さもなかったが、あの時間は意外と面白かったな、と今でも印象深い。

そういえば、本作の主題歌 "Voyage, voyage"。なぜかフランス語であった。映画館で上映前にずっとかかってて、耳に残る。

Desireless - Voyage, voyage (1987) - YouTube

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予告編

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