je suis dans la vie

ライブとか映画とか芝居とか。ネタバレ有り〼。

The Palace Thief

宮殿泥棒 (文春文庫)

宮殿泥棒 (文春文庫)

つくづく、柴田元幸という人は言葉の中に優しさをもっている。翻訳者として、その作家の世界をギリギリまで日本語で再現するという技を、なんのてらいも気負いもおごりもなくやってのける。ご本人にお会いした事はもちろんないけれど、とても人格者で穏やかな方なのではと思わせる。翻訳ものを読んでいてそう感じたのは、内藤濯さんとこの人くらいだ。
柴田さんの翻訳では、オースターのものがほとんどだが、このケイニンの、平凡な中に消え入りそうなほどのきらめきを持った世界は、柴田さんのそれにとても合っているのだろう。
表題作の「宮殿泥棒」は、小品でありながら、読み終わったあとにきゅうっとなった。主人公のやるせなさと呼ぶにはあまりにも悲しい想いに、幸せを願わずにはいられない。「会計士」では、実直でつまらないくらいの男性が、女性の底にある心優しさに惹かれていくくだりが素晴らしかった。人生は長く、平坦な道のりの方が多い。その中でも、自分がいとおしく感じる瞬間は、人に言葉で伝えるにはあまりに小さな出来事かもしれない。