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終わりの始まり:起~『エンジェルス・イン・アメリカ』第一部「ミレニアム迫る」新国立劇場小劇場

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第一部あらすじ(公式より)

1985年ニューヨーク。
青年ルイス(長村航希)は同棲中の恋人プライアー(岩永達也からエイズ感染を告白され、自身も感染することへの怯えからプライアーを一人残して逃げてしまう。モルモン教徒で裁判所書記官のジョー(坂本慶介)は、情緒不安定で薬物依存の妻ハーパー(鈴木杏)と暮らしている。彼は、師と仰ぐ大物弁護士のロイ・コーン(山西惇)から司法省への栄転を持ちかけられる。やがてハーパーは幻覚の中で夫がゲイであることを告げられ、ロイ・コーンは医者(那須佐代子)からエイズであると診断されてしまう。
職場で出会ったルイスとジョーが交流を深めていく一方で、ルイスに捨てられたプライアーは天使(水夏希)から自分が預言者だと告げられ......

一部が3時間半、二部が4時間の計7時間半の長編。2日連続で観劇。とにかく長く、しかし濃い観劇だったので、整理しつつ。まずは幕タイトル。時代背景が分かる。

第一部「ミレニアム迫る」構成

  • 第一幕「悪い知らせ」(1985年10月~11月)
  • 第ニ幕「試験管の中で」(1985年12月)
  • 第三幕「まだ無意識の中、夜明けへと前進」(1985年12月)

配役について

俳優は8人、メインの役(上記あらすじ参照)とそれ以外に俳優が何役か担う仕組み。これは原作脚本に指定があり、演出側の指定ではないとのこと。那須佐代子さんはメインはジョーの母親ハンナだが、一部ではそれほど出番は多くない。しかし冒頭で印象的な語りを観客に向かって話すラビ役、ロイ・コーンの主治医役、と両方とも男性役を担い、これがまたハマっており、一瞬誰だか判断しかねるくらいだった。天使役の水さんも那須さんと同じくらい複数役を担っている。

HIV、AIDS、そして宗教

HIV、というより当時は「エイズ」という呼称の方が有名だった80年代中ごろ。自分はまだ中学生だったか。父親ががん研にいたこともあって、その言葉を認識したのは他より早かったかもしれない。父がアメリカの研究者に聞いた話とかいくらかあったように思う。日本語にすると「後天性免疫不全症候群」となるので、免疫系の研究をしていた父はその病の成り立ちに興味があったようだった。

どちらにしても、初期に入ってくる情報は真偽のほどは分からないことばかりで、日本でその脅威が迫ったのはもう少し後だったか。同性愛者のみがかかる病、という誤った認識の方が強く、好奇の目線の情報ばかりだったのではないか。キース・へリングが1990年2月、フレディ・マーキュリーが亡くなったのが1991年末で、有名人が亡くなってきて一般に周知されつつあったように思う。

舞台となる1985年、NYでエイズはすぐそこにあった。しかしレーガン政権下でそれはタブー視され放置された。そして静かに蔓延した。

蔓延した理由の背景には、アメリカの家父長制、資本主義、東西冷戦に対抗するための強い男のイメージ、それらは同性愛者そして女性を含むマイノリティをすべて対岸におしやるものだった。

ジョーとハーパーの夫婦はモルモン教徒で、宗教的にもマイノリティでもある。ジョーはなおかつ共和党支持者として強いアメリカの男性としての仮面をかぶる枷もある。彼はゲイとしての自分を常に抑圧して生きているクローゼットだ。妻のハーパーは彼を愛するがゆえにそれに気づいて悩んでおり、またおそらくもともとの自身の生い立ちゆえにさらに心を病んでいる(ただし、その生い立ちゆえにジョーに惹かれたと思われる箇所も見受けられる)。

ルイスとプライア―はオープンリーゲイで、友人の看護士ベリーズ浅野雅博)もそうだが、決して世間一般に受け入れられているようではない。ルイスはユダヤ系でもあり、宗教的、政治的な側面も描かれる。

ロイ・コーンというアメリカの大きな影

ロイ・コーンは唯一実在の人物である。物語はあくまでフィクションだが、彼の人物像系は実際のものだ。共和党の黒幕弁護士、パワハラの権化のようなこの男も、エイズにかかり実はゲイだと観客は知るが、決して自分でそれを認めることはしない。それも強く、エイズではなくただのがんだと言い張る。

この日のアフタートークで、山西さんより「ロイ・コーンはトランプ元大統領の若い頃のメンターだった」というエピソードを聞き、現代と作品のつながりを感じた。

<スペシャルコラムその3>多彩な登場人物――わけてもロイ・コーン――について ~『エンジェルス・イン・アメリカ』~ | 新国立劇場 演劇

濃密で深い会話劇

細かくシーンが転換して、だいたいが二人の会話劇である。夫婦の会話、恋人同士、友人同士、上司と部下、医者と患者、看護士と患者、行きずりの関係、などなど。二人というシンプルだが濃密な関係の会話から、色々なことが掘り起こされていくのが見どころだ。

しかし、それ以外に「預言者プライア―と天使」とか、「プライア―とご先祖様」、「ハーパーと想像の友人ミスター・ライズ」がちょこちょこ出てくる。病で苦しんでいる時のプライア―と、薬でハイになった時のハーパーは、それぞれ「現実から離れた世界」でのシーンがある。これは一人の内面世界を掘り下げる意味もあり、また芝居の世界観を広げる役割もあった。

夢と現実を行き来する美術

舞台美術は、大きな枠がまずあり、その奥にもう一つ舞台の枠がある。二重構造になっている。舞台上に段差はないが、奥の方の枠が本舞台より狭い。時折、奥の舞台の幕が引かれ手前だけになる。手前の世界と奥の世界が別になる時、また同じ空間になる時もある。「入れ子構造」「額縁構造」というのか。メタ的な表現も見受けられた。

舞台セットの使い方は様々で、必ずしも規則性はないのだが、奥の舞台から手前の主舞台に移行する動きがある時は、ハーパーがトリップしてる時で「現実」から「夢(想像)」の世界に入る表現になる。この「移行(または移動)」するという舞台セットを使った動きは、上記に記した「濃密な会話劇」と「内面世界を掘り下げる」というこの作品の世界観を視覚的に強める効果があった。演じる側はコントラストをつけるのがなかなか難しかったのではとも思った。

アフタートーク

第一部上演後にアフタートーク。上手からさん、山西惇さん、那須佐代子さん、鈴木杏さん、坂本慶介さん、演出の上村聡さん。司会は中井美穂さん。

覚えてるとこだけ書き出します。

鈴木杏さん

  • オーディションは申し込み番号が一番だった。上村さんがびっくりしていた。鈴木さんは作品のファンで絶対やりたかった。当初は天使の役と思って応募。
  • 若手が多い、という話題で、自分は年齢的に若手?と問うが皆にベテラン枠でしょと言われる。
  • ハーパーが夢の世界で南極の雪の中を歩くシーンで、上村さんが何もない舞台でそれをどう演出するか迷っていた時に、鈴木さんが「野田秀樹さんみたいなの?」って言ったら上村さんがそれを採用。鈴木さんは「言わなきゃよかったかな」と苦笑い。上村さんは採用してよかったとのこと(※スローモーションで大きく動く動作が確かに野田地図っぽさはあり)。
  • 第一部は起承転結でいうと「起」です。第二部で大きく物語が動きますので、ぜひ第二部も見てください。

坂本慶介さん

  • オーディションは上村さんの『斬られの仙太』で同じくオーディションを経て出演した経験のある伊達暁さんに勧められて。伊達さんは事務所の先輩とのこと。
  • オーディションの時は痩せてたが、役作りで増量。一時期増量しすぎた。パンフの写真はその頃なので、パンパンだね~とちょっと皆に冷やかされる。

那須佐代子さん

  • メインの役の出演が多くはないが、他の役がたくさんあるので早替えがたいへん。特に第二部は早替えがみどころ。男性役もできて面白かった。
  • オーディションの時は、年齢が上なのではまる役があるか分からなかった。
  • 鈴木さんと同じ「I♡NY」のTシャツを着ていて、司会になぜか聞かれる。公演中に誕生日を迎えた人に上村さん?からプレゼントされたとのこと。
  • この日は那須さんのお誕生日!

山西惇さん

  • ロイ・コーンの人物造形は難しかった。この人を芝居上とはいえ、魅力的に演じていいのだろうかという葛藤があった。もっと悪い人とした方がいいのではないかとも悩んだ。
  • ロイ・コーンの役の反動で、プライア―の先祖役をやる時はとても楽しかった。はじけて演じている。
  • 若手の俳優の皆は難しい役をよくやっていてすごい。自分が若い時はこんなにできなかった。
  • この日はオーディションの時の服装。役作りで体重を落としたので、ちょっとゆるい。

上村さんはそれぞれのお話に一緒にお話ししてるのが多く、割愛。小田島聡史さんの翻訳や、演出、舞台美術の話など。

毎度おなじみクマさんは、ミスター・ライズ(ハーパーのイマジナリーフレンド)とプライア―のコス。

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